JCI日本青年会議所医療部会

創立50周年 提言

「成熟した社会」

はじめに

 日本は2600年以上続く歴史の中で独自の文化を育んできた。近代国家としての幕開けは第二次世界大戦後であるが、現存する世界最古の国家であり、1400年以上前より和をもって貴しとなす国民性がある。20世紀の日本は国民の健康水準を大幅に改善し世界一の長寿社会を実現した。その背景には文化、教育、気候、環境に加え、いにしえからの神道による自然への畏敬の念など、様々な要素が影響している。そもそも医療は、その国の文化・歴史・資源・種々の社会制度・政治・国民性・地理・気候など、多くの要素が混じり合った中で成立しており、一国の医療制度はその国の社会を反映すると言っても過言ではない。日本食の栄養学的な健康への貢献も学術的に証明され、加えて、日本では子供との同居率が他の先進国より伝統的に高く、『寄り合い』文化に代表される地域社会の強い結束があるなど、長寿社会に至るまでの道程においては、脈々と受け継がれてきた歴史が身体機能の維持のみならず、精神的健康にも大きく寄与してきた。

 第二次世界大戦以前の無償初等義務教育と1922年に制定された健康保険法により社会保障制度が成立し1938年の国民健康保険法の制定を経て、1961年には早くも国民皆保険を実現した。戦後政府の強力な管理責任のもと、主要な公衆衛生介入が積極的に進められた。1950年代から1960年代前半にかけて感染性疾患による死亡率が低下し、1960年代半ば以降は費用対効果の高い医薬品の登場により脳血管疾患による死亡率が低下した。その後、経済成長期に突入し平均寿命はかつてない速さで上昇した。1947年の第二次世界大戦終了時の男性50歳、女性54歳から、1986年には女性の平均寿命はついに世界第1位となり、2009年には男性76.9歳、女性86.4歳に至った。一方、1989年に1.57ショックと呼ばれて社会的関心が高まった合計特殊出生率は2005年に1.26まで減少し、2012年には1.41まで改善したが、少子化問題は依然深刻である。高齢化率(65歳以上の高齢者が総人口に占める割合)は、1970年(昭和45年)調査(7.1%)で高齢化社会、1995年(平成7年)調査(14.5%)で高齢社会になり、人口推計の結果で2007年(平成19年)(21.5%)に超高齢社会となった。日本の高齢化は世界に類を見ない速度で進んでおり、2010年に(2900万人)23%に達し、世界で最も高齢化の進んだ国となった。今後、2050年には高齢化率は40%前後で高止まりし、総人口は9500万人に減少すると予想されている。

 一方、超高齢社会を支える公的保険制度としては、先述の健康保険制度と介護保険制度がある。健康保険制度の自己負担率は1961年から1982年まで段階的に3割まで引き下げられ、ついに1973年には老人医療支給制度により70歳以上の国民の医療費は無料となり、これは1982年の老人保健法に伴う1割の自己負担の導入まで続いた。また、高齢者のより自立した生活を支援し家族介護者の負担を軽減するために2000年に導入された介護保険制度は1割の自己負担である。公的保険制度は、収入に応じて各人がお金を出し合い、いざという時の費用をそこから出し合うことにより、安心して医療・介護を受け入れるという『相互扶助』を目的に設けられている。 これまで安い医療費で高い健康水準を維持してきた日本であるが、今後、少子高齢化で財源が逼迫し、過重労働でマンパワーが疲弊していくことが予想される中、持続可能な医療を提供すべく誇り高き『成熟した社会』を目指して、ここに提言する。

日本青年会議所 医療部会提言

 2013年日本青年会議所医療部会が創立50周年を迎えるにあたり、我々が考える明るい豊かな社会の価値観を内外に示し、共有し、実現する為に社会へ提言をする。

 医療部会は医療従事者だけにとどまらず、異業種の有識者より構成された組織である。本提言の特徴は、異なる専門分野で活躍する会員と共に、社会保障の観点から我々が生活する社会を考察したことにある。社会の持続可能性を担保するためには、『価値観の共有』が必要であり、世界情勢がめまぐるしく変化する現代において、普遍の価値観とは人間としての安全な生活だと考える。つまり、老若男女、障害の有無、国籍・文化の違いなど、多様性のある人々が安心して生きることができる社会をいかに形作っていくかが重要である。現在、我が国が直面している超高齢社会における社会保障問題は世界中が注目しており、日本が共同体として大切にしている価値観を堅持しつつ、世界的標準ともなりうるようなシステム作りが必要である。先ずは日本人個人が分節をわきまえ、利他の精神をもって社会としての全体性を意識した生活をする事が重要であり、そのための医療教育・意識の向上が必須である。『人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、すべての人の自由と可能性を実現すること』が人間の安全保障の定義であるが、このことこそが社会保障の根幹に不可欠であることを世界に示し、それを実践することが世界で先駆けて超高齢社会に突入した我が国の責務である。

提言1 健康な社会

 東日本大震災における支援活動を通じて地域社会の健全さについて学んだ。不測の事態の中、地域住民が自助のみならず、共助で助け合い、思いやりや規律を持って避難所を運営し、そこに公助が入っていく構造は世界中より大きな称賛を受けた。これまでに培ってきた共同体としての地域社会の強さが反映され、人と人との繋がりや絆が危機的状況において支えとなったことは大きな教訓である。結果的には常日頃の地域社会の交流が、なにものにも代え難い財産である事を再確認した。自治体の活動が盛んで地域住民同士の繋がりが強く、地域社会の情報共有、話し合い、関係性の構造が健全に保たれている機能的な地域社会の事を我々は『健康な社会』と定義する。

 WHOの健康の定義は『Health is a state of complete physical, mental and social wellbeing and not merely the absence of disease or infirmity.』としている。健康は身体的、精神的、社会的に健康である事で、単に身体的に健康な状態のみをさすのではない。

 社会が健康である事の重要性をスウェーデンは2002年にニューパブリックヘルス政策として集約している。10の領域の中には個人の社会的参加と社会への影響力の必要性や、子供を作る環境や、子供が健康に育つ社会の必要性などが挙げられている。2012年に我々は福祉先進国視察事業としてスウェーデンを訪れたが、そこには住み慣れた地域で生き生きと暮らす高齢者の姿と働きながらも安心して子育てを行う若い世代があった。彼らは、自身の生活を左右する政治に8割近い投票率でコミットメントし、国家を高く信頼し、税金は未来への投資であると納得していた。

我々は『健康な社会』とは以下のように考える。

  • 老若男女問わず、身体的かつ精神的な健康を維持するために、個人の社会参加と社会への影響力が保障された社会。
  • 安心して子供を産み、育てることができる社会。
  • 人としての経済的な保証と、安全でプライバシーが守られた生活が保障された社会。

そのために、次のことを提案する。

  • 地域社会における集会場などのハード面の整備、共同作業やボランティア活動などのソフト面の整備を行い、 交流を促進する。
  • 職場、地域で出産・育児を支える環境を整えるとともに、こどもの義務教育、医療費を無料にして子育てに関する経済的な負担を軽減する。
  • 低所得者、高齢者が安心して生活できる住居を低額で供給し、必要に応じて介護サービスを受けられるようにする。

提言2 政府と地方自治体との役割の再検討(生活圏に即した医療圏の再設定)

 受益と負担は本来つりあうべきである。しかし、現在の公的医療保険では保険者は大きくわけても被用者保険、国民健康保険、後期高齢者医療制度と3つに分かれ、さらにそれぞれの中で細分化されている。結果、保険者が3500も存在し、被用者保険だけを例にとっても所得の違いによって保険料率に3倍以上の格差がある。高齢化が進み非正規雇用者が増加する現状で国民皆保険制度と公平な保険の適応を維持する為に、都道府県レベルで保険者を統合する事を提言する。社会保険制度の持続性のために、社会の高齢化、雇用体系の変化、無保険者の存在に対応する必要があり、このためには現在の生活圏に即した医療圏の再設定を考えたい。今までは国から都道府県や市町村への権限の委譲が形式的であったがこれを実質的なものとし、地方自治を行う。給付対象である医療サービスや診療報酬の決定、医療従事者の資格付与の基準の設定、地域格差に対する補助金分配など、個々の地方自治体では解決できない問題においては国が主要な役割を果たすべきである。しかし、医療提供体制の構築や管理、運営、生活保護と貧困層に対するセーフティーネットの決定などは各地方自治体が行うべきである。現在の社会保障の枠組みは、『福祉元年』と呼ばれる1973年に完成されたもので、その時代背景は経済成長が右肩上がりで正規雇用の夫と専業主婦の妻と子どもという核家族がモデルであり、高齢化率も現在に比べると低く、『病院完結型』の医療が提供されていた。しかし、現在は、経済は停滞しており非正規労働者が増加している超高齢社会であり、生活を支える『地域完結型』の医療・介護が必要とされている。『地域完結型』では、それぞれの地域の実情に沿ったきめ細やかな医療・介護の提供が必要であり、地方自治を行うことによって初めてそれが可能となる。

また、現在の保険医療政策の再評価として以下のことを提案する。

  • 国民皆保険制度・強制加入制度堅持。
  • 保険医療政策に対して中立的立場で評価できる組織の設立。
  • 社会保障番号の促進と医療・介護情報を共有できるデータベースの整備。
  • 政策策定支援のためのシンクタンク設立。

提言3 保健医療サービスの質の向上

 平均寿命などの日本の健康指標は、世界でもトップレベルである。日本の医療費はGDPの8.5%にとどまり2008年経済協力開発機構(OECD)加盟国中第20位である。医療費の抑制は、全国一律の診療報酬により支払額を厳格に管理して政策当局が経済状況に応じて価格を調整することにより達成された。医療機関も相当の経営努力を行ってきているが、政策当局が過去に政策の方向を大きく転換することがあったため双方の信頼関係は十分とは言えない。また、日本は国や自治体などの公立の医療機関は全体の14%、病床で22%しかないため政府の強制力のみでの改革は困難である。

 1973年に施行された老人医療支給制度により高齢者医療の無料制度が導入され、社会的入院が増加した。その後政府の方針はゴールドプランとして法制化され、高齢者施設系サービス、在宅サービスが整備されてきた。結果、ゴールドプランによる支出の増加という深刻な問題を併発し、その対策として2000年に公的介護保険が施行される事となった。

 介護保険と医療との連携が今後の地域保健医療サービスの充実には必要である。治療中心の『病院完結型』サービスから、日常生活の質を向上させる医療、看護、介護への『地域完結型』へのシフトが重要となる。予防的観点から高齢者が住み慣れた地域で可能な限り健康に生活を続ける為に、また障害者も隔たりなく生活が出来る環境を整える為に、特に介護サービスを支える為の地域包括医療の必要性を訴える。

 地域包括医療を実現するためにはかかりつけ医や、プライマリケア、総合診療科といった教育研修制度の重要性を再認識する必要がある。地域でこれから求められる診療所機能は、地域住民が安心して生活できる医療の提供と、必要に応じた中小病院・基幹病院との医療連携のみならず、プライマリケアを施行し、医療と介護の双方向のマネジメントを提示することである。医療、介護情報を一元化・共有化し、開業医と介護事業者の密の連携を中心とした地域単位の保健医療サービスを構築し、地域包括ケアを提供できる体制が望ましい。また、地域住民に対してもフリーアクセスは維持しながらも、「いつでも、好きなところで」ではなく、「必要な時に、必要な医療機関で」、という意識の変化が必要となる。そのためには、実地での医療サービスのみならず、医学校や医療従事者の教育とも連動させる必要がある。

  • 地域医療と介護サービスの強力な連携体制構築
  • 在宅医療・介護の充実
  • 社会的入院の抑制と入院併設診療所の役割の見直し
  • かかりつけ医の育成
  • 地域住民の意識の変革

提言4 グローバルヘルスケアへの積極的参加

 日本の1947年の平均寿命は男性50歳、女性54歳であり、先進国の中で低いレベルであったが、30年のうちに多くの先進国を追い越した。その要因としては、公衆衛生への積極的な介入や、感染性疾患、高血圧、脳血管疾患の治療、予防により、これらによる死亡率が著しく低下したことが挙げられる。我々は、カンボジアの小学校での歯科・医科健診を10年にわたり継続してきた。カンボジアには健診の概念がなく、こども達は甘いものを食べても歯磨きをせず、虫歯だらけであった。日本の社会保険制度の主要な業績は、公平性を担保しつつ、加入者を拡大し医療費を抑制するという規範的な目標を達成した事にある。現在、保健医療の財政基盤を健康保険によって構築し、費用対効果の高い政策を導入する健康戦略が世界で実施されている。日本がこれまで行ってきた公衆衛生への投資や、感染性疾患、高血圧、脳血管疾患の治療、予防を一つのパッケージとし、プラットフォームとして海外へ提供することも積極的に考えたい。また、日本は世界で最も高齢化した社会を牽引し、日本型の保健医療政策の知見を世界の教訓として積極的に発信する責務がある。日本の社会保険制度が世界的標準となり得るよう精査し、世界に還元することがグローバルヘルスケアへの大きな貢献となる。2050年に総人口が9500万人に減少すると予想される日本にとっても、日本の社会保険制度の世界的普及が世界の国々との人材の往来に繋がり、ひいては日本の医療・介護の担い手の確保に繋がることも期待したい。

おわりに

 日本青年会議所 医療部会が創立してからの50年は、奇遇にも国民皆保険開始後の50年とほぼ一致する。その間、公衆衛生の促進、予防医学、製剤の開発など医療技術の進歩、経済発展に伴い、平均寿命は世界一に至るまで延長した。そして、今、逆説的な少子高齢化に伴い、治癒を目指した「病院完結」に重きを置いた医療から、生活を支える「地域完結」の地域包括医療・ケアへの転換が喫緊の課題である。日本の医療、介護を持続的に支えるためには、能力に応じた肉体的、経済的負担により、給付、財源の確保を達成することが必要である。そして、予防医学、早期発見、早期治療により、健康寿命を平均寿命に近づけ、幸福度を優先し、地域で望む自然な暮らしができるようなサポート体制が必要である。

 日本は、世界で初めて超高齢社会に直面している。

 健康な高齢者が自分で必要な医療を『選択』して、病院での入院を徒に継続するのではなく、地域で『お望みの暮らし』を営む。周りの人は、その人個人を中心において、疾病や臓器に注目するのではなく全人的なケア(person-centered care)を提供する。地域、社会全体で子供を産み、育てるサポートをする環境を作り、少子化を解消する。能力がある人が能力に応じた負担をすることによって、思いやりの精神で『相互扶助』ができるような社会保障制度を作り上げる。

 このことにより、この日本は成熟した社会になるだろう。

 日本には、世界で最も高齢化した社会を牽引し、成功する役割がある。 日本青年会議所 医療部会は、高齢者の親を持つ世代、そして、子育てをする世代として、日本が成熟した社会になるよう、以上の提言を行い、そして、自らも真摯に活動することを宣言する。

2014年度 日本青年会議所 医療部会 50周年 提言